キリストの優しい風

~風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、
それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。
霊から生まれた者も皆そのとおりである(ヨハネ3:8)~

キリストの優しい風に吹かれ、自由に導かれ、癒やされ、変えられていく幸せをあなたと。。。





タグ:携挙

こんにちわ~

今週も無事終わりました

ほっ

今日もこうやってブログやれてること、とっても感謝です。



さてさて、Twitterに今日ツイした内容です。 







この箇所、とっても有名な箇所で、「喜び・祈り・感謝」ってよく言って、賛美もありますね。

有名なんですが、その内容の意味とか、深みとか、パウロがどういう思いでテサロニケの人々に向けてこの言葉を書いたのかって伝わってきません。


でも、この箇所だけピックアップするんじゃなくて、テサロニケ人への第一の手紙全体を読んで、その流れっていうか、文脈の中でこの「喜び・祈り・感謝」箇所を味わうと、ほんと、深いんです。

っていうか、印象がガラッと変わります。



このみことば、もう一度改めて書きますね。





☆★○☆★○☆★○☆★

第一テサロニケ5:16~18
いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について、感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

☆★○☆★○☆★○☆★



ぼくたちは時に喜べないこともあります。

口ではいくらでも「喜びましょう~」とか「感謝しましょう~」みたいなこと、言えますが、でも、実際、喜びどころか、不安に押しつぶされそうになることがあります。

大切な人を亡くした悲しみ、それもですよね。。


でもね、パウロはそんな無責任な思いでこんなことを言ってるんじゃないんです。

きれい事じゃなくて、本当に苦しい迫害の中、将来、再臨のイエス様にお会いすることが出来る、まもなく私たちは携挙され、イエス様とお会いするんだっていうところから来る喜びなんです。


初代教会の信者たちの希望、喜びって、携挙されること、イエス様がまもなく戻って来られるというところにあるんです。



同じ第一テサロニケ4章16~18節にはこうあります。




☆★○☆★○☆★○☆★
主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。
それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主とあうのです。
このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。
こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。
☆★○☆★○☆★○☆★





 これを「携挙」っていうのです。

そしてこの携挙はまだ起こっていませんが、これから、というか、まもなく起こる出来事です。

神様のラッパが鳴り響き、イエス様が私たちクリスチャンを迎えに天から空中まで降りて来てくださります。

そしてその時、先に亡くなったクリスチャンの方々がよみがえるのです。

もちろん肉体をもってね。

でもその時、専門用語で「栄化される」っていうんですが、栄光のからだにされてよみがえります。

栄光のからだって、 傷も染みもない姿です。

もはや罪もありませんし、罪を起こそうという概念すらその人にはありません。

だからね、アンチエイジングなんて、もはや死語だし、当然全員完全すっぴんです。

だって、イエス様の栄光で輝いているんだから、もうお化粧なんて必要ありません。

それとね、病気だって無いんですよ。

そして栄光のからだにされて、空中まで迎えに来られたイエス様のもとに一挙に上げられていくんです。 


そしてね、次にその時に生きている人たちは、瞬間的に栄光のからだに変えられて、一挙に天にあげられます。


そして、天に上げられて、待っているのは、イエス様との結婚式です。

霊的には男性であっても女性であっても、イエス様の花嫁で、クリスチャンはイエス様との婚約中で、イエス様が迎えに来られるのを今か今かと待っている状態なんです。

そして、携挙されて、イエス様との結婚式です。


私たちは携挙され、祝福の内に結婚し、イエス様を賛美し、ほめたたえます。

そう、礼拝です。


そして、イエス様が再臨されます。

その時、私たちもこの地上に戻って来て、私たちと同じ異邦人のクリスチャンを治める働きをするんです。



パウロは、そのことを本気で信じていて、その日がわかっていて、それは確実に起こることを知っているから、だから喜ぶことが出来たんです。

パウロは地獄のような迫害を受けていましたが、その中でのモチベーションは「携挙」だったんです。



パウロは「こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい」って言われました。



イエス様はまもなく、私たちを迎えに来てくださいます。

そして、安心してください。私たちクリスチャンは一人も、一人も失格者はいないんです。

そう、救いは絶対に絶対に失いません。

一度救われたら、たとえ罪を犯しても、失敗しても、たとえ法に触れるような犯罪を犯してしまったとしても、失うことはありません。

自殺したとしてもです。


そして、試練の中にあっても、悲しみの中にあっても、イエス様は私たちの内に住んでいてくださっています。

ここに希望があり、そこに信頼すること、これが祈りなんです。


このことがわかっているから、そしてまもなく迎えに来てくださるから、感謝が生まれてくるんです。



ぼくたちはこの地上生活だけを考えていたら、死後に希望を見いだせなかったら、それは地獄であって、喜ぶことも、感謝することも出来ないでしょう。当然です。

でも、まもなくイエス様がぼくたちを迎えに来てくださるんです。

ハレルヤ、そこにこそ希望があり、喜びがあるんです。



主に信頼すること、主の愛の守りに身を任せること、そして携挙を待ち望みましょうね。

ここに深い深い慰めがあります。

主よ、来てください。。。



明日から新しい一週間、そして週の初めの日である明日、日本中で礼拝がもたれます。

心から主を賛美し、主を礼拝する日となりますように。。。



祝福を祈ります
キリストの愛を込めて。。。

でわでわ~  







 

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イエス様の祝福が豊かにありますように。

キリストの愛を込めて。。。





 

こんにちわ~

前回の続きです。

ほんとはひとまとめに書くつもりだったんですが、前回、「心を佐川せるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」っていう14章1節のみことばについて分かち合ったら、火が付いちゃって長々と書いちゃったんです


ということで、前回の続き、分かち合いますね。




ヨハネ14:1~4

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。

わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。

行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。

こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。

わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」




イエス様は2節で、「神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」って言われた理由について語っておられます。

わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。
行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。
こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる



イエス様、言われました。

「わたしの父の家には住む所がたくさんある。。。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる」

「わたしの父の家」ってどこだかわかりますか~?

ナザレのイエス様のお母さんがいる家のことじゃないですよ~(笑)

そうじゃなくて、「わたしの父」、つまり天のお父様のところ、天国です。

そこに行って、弟子たちのために場所を用意しに行くんだっておっしゃったんです。



イエス様はこの後、十字架上で死なれ、墓に葬られ、3日後によみがえり、復活します。

でね、その後、天に上られるんですが、その目的がこれなんです。

そして、今も天におられます。



これ、ユダヤ人の結婚式がわかると、この意味がわかります。



☆★○☆★○ユダヤ式結婚式☆★○☆★○☆

婚約
まず婚約ですが、それは双方の親によって相手が決められるケースが多いです。
そして、ある人は幼くして婚約しますし、ある程度大きくなってからの人もいます。
いわゆる「いいなずけ」です。

婚姻
そして、結婚式直前に、支度が整った花婿が花嫁の家に出向きます。そして、同じように支度の整った花嫁を自分の家に連れ帰ります。
そして普通、婚約と婚姻との間には数年から数十年の間があり、それだけの長いスパン、待たなければなりません。

ユダヤ式婚姻は、花婿が花嫁に「さて、お迎えに上がりますので、テントを建てます。準備してお待ちください」と宣言し、自宅の庭に花婿となる息子がひとりでテント、つまり「仮庵」を建てます。

これは、仮庵で結婚式の7日間を過ごすためなんです。

その間、父親の厳しいチェックが入り、作り始めてから完成するまで一年はかかるそうです。

そして、ようやく花婿の父親のOKが出たら、花婿は支度を整え、花嫁を迎えに行くんです。
まっ、厳密には、花嫁を誰にも見せたくないから、真夜中のお迎えになるそうです。

そして、花婿が受託を出発する時、花婿の父親がラッパを吹いて、「いってらっしゃーーーい」の合図をします。

その音は大抵花嫁の家にまで響き渡り、その音を聞くと「いよいよお迎えが来る」と知ることとなるんです。

結婚式
いよいよ結婚式です。これは家族や親族だけの少人数で行われます。

実際には、花婿が用意した仮庵の中で、花婿と花嫁の二人だけで一週間を過ごします。

披露宴
二人だけで一週間、仮庵で過ごした後、いよいよ披露宴です。

この時は結婚式と違い、友だちを招いて、大規模な祝宴が開かれるのです。

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆



これがユダヤ式の結婚式です。

実はね、聖書はイエス様と私たちクリスチャンは婚約関係にあるって言ってるんです。

イエス様が花婿、そして私たちは花嫁。

私たちがイエス様を信じ、救われた時、イエス様と私たちとの婚約式が成立しました。

そして、その後、花嫁である私たちクリスチャンと花婿イエス様との結婚式のための準備が行われ、父なる神様のもとに行き、一緒に住むための住まいを用意しに、天に上られたんです。


実はね、このヨハネ14章2~3節で語られていることって、このことだったんです。

イエス様は今、私たちクリスチャンとの結婚式のために天にお迎えするために、先に天に上られたんです。

そして、イエス様は約束されています、
行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。
こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。(3)


イエス様が私たちをお迎えに来てくださる日、それを「携挙(けいきょ)」って言います。

別名「空中再臨」と言われ、空中まで私たちを迎えに来てくださり、私たちを空高く引き上げ、天に連れて行ってくださるんです。



えっ、その時生きていればいいけど、死んじゃったら。。。

大丈夫、第一テサロニケ4章13~18節を見ると、ユダヤ式結婚式と同じで、イエス様が迎えに来てくださるとき、まずラッパの音が響き渡ります。

そしてその時、死んでしまったクリスチャンは肉体をもって復活します。

そして、その時に生きているクリスチャンと一緒に天に挙げられ、イエス様と共に仮庵に住み、結婚式が行われます。

その後、この地は7年間の大患難時代と言われる壮絶な天変地異が起こったり、戦争が起こったりする最悪の7年間を迎えることとなります。

そして、この大患難時代の最後にその時生きているユダヤ人が全員悔い改め、救われます。全員です。

そして、イエス様が王としてこの地に来られ、千年の間、この地を治めるのです。


そしてなんと、その時、罪も無く、病もない、最高の状態である私たち、この時はアンチエイジングなんて死語です。染みもしわもないし、美味しいものを食べても太ることはありません。
そして罪を犯すこともありません。
その私たちもイエス様と共にこの地で千年王国、その地にいる異邦人たちを治めるのです。

そして、この千年王国の時、イエス様と私たちとの婚約式が行われます。


これが神様のご計画なんです。

だから今、ぼくたちは、イエス様がぼくたちをお迎えに来てくださる時を、つまり携挙を今か、今かと待ち焦がれている状態なんです。


イエス様は必ず迎えに来るって約束されています。

イエス様に二言はありません(こういう使い方していいのかわかんないけど。。。(笑))

イエス様は約束を破るようなことは決してないです。だから、必ず携挙はあるんです。



それを信じるか、信じないかで、信仰生活は大きく変わります。

もし、携挙を信じないならば、この世の出来事に一喜一憂してしまいます。

でも、ぼくたちは知っています、この世は過ぎ去る一時的な場だっていうことを。

そして、まもなくイエス様がお迎えに来てくださるんだって。




イエス様は「わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている」(4)っておっしゃいました。

弟子たちに何度となくこれまで語られています。

だから、イエス様の言われたことを心に治めているのなら、知っている筈です。



私たちもまた、今日、神様の啓示の書である聖書を持っています。

聖書の中に神様の啓示は書かれていて、それは100%完結しています。

だから、聖書を読めば、携挙についてわかります。

つまり、イエス様が今どこにおられ、まもなく私たちを迎えに来てくださるんだっていうことを。



パウロは携挙のことをテサロニケの信徒宛の手紙に書き、最後にこう書いています。


第一テサロニケ4:18
ですから、今宣べた言葉によって励まし合いなさい(慰め合いなさい)。




まもなくイエス様は再び来られます。

それは私たちを天国にお迎えしてくださるためです。

そう、私たちは男であっても、女であっても、霊的にはイエス様の花嫁で、もう婚姻関係に入っています。

そしてまもなく花婿であるイエス様が私たちを迎えに来てくださるんです。


そのことを日々の歩みの中で意識し、何時イエス様がお迎えに来てくださってもいいように、心の準備をしていきましょうね。


祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。


でわでわ~





 

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イエス様の祝福が豊かにありますように

キリストの愛を込めて。。。





こんんちわ~ まんなです。

今日もみことばの分かちあい、しますね  

今日の箇所はヨハネ11章47~48節です。



そこで、祭司長とパリサイ人たちは議会を召集して言った。

「われわれは何をしているのか。あのひとが多くのしるしを行っているというのに。
もしあのひとをこのまま放っておくなら、すべての人があの人を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も奪い取ることになる。」
 


イエス様がラザロを生き返らせた奇跡、これはメシア的奇跡と言って、メシアでなければ出来ないとパリサイ人たちや律法学者たちが教えていた奇跡です。

そのメシア的奇跡を目の当たりにし、そこにいた民衆はこぞって、この方こそメシアだって信じました。

ところが、信じなかった人たちがいたんです。その人たちはパリサイ人の手下で、この奇跡を見ても感動すること無く、パリサイ人たちのところに行って報告しました。

今日の箇所はその報告を受けたパリサイ人たちの反応です。


そこで、祭司長とパリサイ人たちは議会を召集して言った。「われわれは何をしているのか。あの人が多くのしるしを行っているというのに」(47)

手下たちの報告を受けて、すぐ議会を召集しました。

報告を受けたのは祭司長とパリサイ人。手下たちはパリサイ人に報告したのに順番は「祭司長とパリサイ人」っておかしくないですか?

実はね、この箇所をもって、祭司長とパリサイ人の権力が逆転したんです。

祭司長というのは、復活を否定しているサドカイ派の人たちです。


で、議会というのはサンヘドリンと言われているもののことで、彼らは急遽その議員たちを召集しました。

突然のことで、当然全員というわけにはいかなかったでしょうね。



で、祭司長とパリサイ人たち、何と言ったかというと、「われわれは何をしているのか。あの人が多くのしるしを行っているというのに!」

あの人、つまりイエス様のことですね。イエス様が多くのしるしを行っているって彼らは言っているんです。

「しるし」、彼らはイエス様のしるし、このしるしってメシア的奇跡のことです。

っていうことは、祭司長とパリサイ人たちはイエス様がメシアだということは理解しているんです。

これ、凄くないですか!だってその上で「われわれは何をしているのか」って言って、動揺し、焦って居るんですからね。



48節を見ると、彼らの本音がわかります。

もしあの人をこのままにしておくなら、すべての人があの人を信じるようになる。そうなると、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も奪い取ることになる。

どうですか?これが彼らの本音です。

彼らはイエス様がメシアだっていうことは認めています。でもそれよりも自分の立場の方が重要なんです。

もっと言うと、イエス様がメシアだろうかどうだろうが、そんなことはどうでもよいのです。


「ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も奪い取ることになる」、これ、新改訳聖書の訳ですが、新共同訳聖書ではこう訳されています。

「このままにしておけば、皆が彼を信じるようになる。そして、ローマ人が来て、我々の神殿も国民も滅ぼしてしまうだろう」

新改訳聖書で「土地」と訳されているところを、新共同訳聖書では「神殿」と訳しています。

ギリシャ語では「トポス」という言葉なんですが、ここでは新共同訳聖書の「神殿」という訳の方がよいのだと思います。


祭司長たちは神殿、つまり自分の職場や地位が一番重要で、国民のことは二の次なのです。

このまま放っておくと、民衆はイエス様が約束のメシアだと信じ、王として担ぎ出すだろう。そうなったらローマがだまっていない。ローマがきっと介入し、神殿を崩壊し、国を滅ぼしてしまうだろうって思い、焦ったんです。



すごく考えさせられます。彼らは自らの地位を守ることに固執して、結果メシアを拒否してしまいました。

本来、彼らが一番待ち望んでいた筈なのに。。。。



でもね、我々はどうだろうって思うと、あんまり笑えないんです。。。。

もちろん、「そんなぁ~、イエス様、拒否したことなんてないです!」って思われるかもしれません。

でもね、イエス様の御心よりも自分の計画とか、イエス様のやり方よりも自分のやり方っていうこと、ないですか。

そうやって考えた時、ぼくらも彼らと似たり寄ったりだなって思わされるんです。



また、教会レベルでも同じです。

聖書の真理よりも会衆の気持ちとか、教会員の人たちを躓かせないように真理を語ることを控えたり、聖書のみことばを今日の状況に合わせて、自分たちの都合のよいように解釈するとか。。。

イエス様よりも教会員となったとき、これは彼らと似たり寄ったりになってしまいます。


この箇所、すごく考えさせられるなって自分自身、内側を探られました。

純粋に主を畏れ、主の御心に応答し、アーメンと行動する、そして主を常に第一とする者でありたいと心から願います。


だってね、我々は死んだ後、また携挙された後、キリストの裁きの御座での裁きが待っているんですからね。

その時、すべては暴かれるんですからね。

そして、その時主に「よくやった、忠実な良きしもべよ」って言われたいですもんね。



尚、このイエス様のメシア性を拒否した結果、その70年後、神殿は崩壊し、エルサレム自体も崩壊し、ユダヤ人は流浪の民となってしまいました。

イエス様を拒否した結果、彼らが恐れていたとおりのことが起こったのです。

これはとっても厳粛なことですね。。。



でも、私たちは忠実な主のしもべとして、みことばを慕い、みことばに忠実に従う者でありたいですね。

みことばを勝手に私的解釈しようとしたり、主のご計画より自分の計画や願い、好みを優先するようなことをせずね


この箇所を味わいながら、そんなことを思わされました


今週も後半戦、後半も主に従い、主に依り頼んで前進しましょう



でわでわ~

こんにちわ~

今日も一日が終わりました。

どうやら真夏は今日で一旦お休み、明日、台風11号が西日本に直撃するとのこと、被害が無いことを祈るばかりです。



さてさて、今日なんですが、一日、ひとつの賛美が心に響いていました。

とても古い曲なんですが、ふと思い出したんです。




 
もしも今 キリストが
この地上にもどって 来られたら
心の用意は できていますか
主に会う準備は いいですか
 
1、天の雲に乗り 輝く栄光
あらわしながら やって来るから
 
心の用意は できていますか
主に会う準備は いいですか
 
2、御使いたちは すべての人を
神の御前に 集めるから
 
3、その日その時は、盗人のように
誰にもわからず やって来るから
 
☆★○☆★○☆★○☆★○☆
 



今日は歴史的な一日で、ついに安保法案が可決、強行可決してしまいました。

これで70年間守られてきた平和憲法が崩され、戦争が身近な時代となってしまいました。


正直のところ、暗闇の時代であり、日本だけではなく、世界的な今の流れを見ていると、本当に終末の時代が近く、いよいよ大患難時代がいつ来てもいい時代なんだなって実感させられます。



この曲なんですが、一部問題があり、それはイエス様の再臨と携挙がごっちゃになっているところです。

ここではイエス様の再臨とその後の審判のことを言っているようにも見えますし、携挙の後のキリストの御座の裁きのことを言っているようにも見えます。

聖書的に見ると、問題はあるんですが、でも、言いたいことは伝わってきます。


この曲、昔よく賛美していたんですが、あの時代と今とはまた大きく違っていて、今、すごく実感として感じられるし、緊迫感も感じます。

そう携挙は近いんだなってね。



携挙って何???って思われている方もいるかもしれませんね。

携挙って、空中再臨ともいうんです。



第一テサロニケ4:15~18

 4:15 主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。
 
 4:16 すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、
 
 4:17 それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。
 
 4:18 ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。
  


このみことばにあるとおりで、ある日ある時、イエス様が天から空中に降りて来られます。

すると、まず先に亡くなったクリスチャンの人たちがみがえり、天に引き上げられ、次にその時生きているクリスチャンたちが天に引き上げられます。

これは順番としてであって、一瞬の内にです。


よくある質問で、お風呂に入っているときどうなるのかとか、新しい服を日頃から着た方がいいのかとか、そういう笑い話のような質問をする人がいますが、どうなるかわかりません。

聖書は義の衣が用意されているとあります。

ただ思うんですが、今裸であることに抵抗があるのは罪の結果ですよね。最初の人アダムと女は罪を犯す前は全裸であっても問題はありませんでした。

つまり、その時は栄光の体に変えられているのですから、そういう羞恥心から完全に解放されています。

ただ、千年王国は罪人も一緒に生活しているから、服は着ています。おそらく義の衣で、神様から直接与えられることでしょう。

実際はその時にならないとわかりませんし、そんなこと考える必要もないですよね。



さてさて、話を戻しますが、聖書的には、もう携挙が起こる前提はすべて終わっています。

今この瞬間にあっても、全くおかしくありません。


そのあと、7年間の大患難時代に突入し、最終年、つまり7年目にその時生存しているユダヤ人が全員イエス様を見上げ、涙ながらに悔い改め、イエス様を求めます。

その彼らの祈りに答え、イエス様が再びこの地に来られるのです。

その時には王としてです。


今、携挙があってもおかしくありません。

その準備は出来ているでしょうか?


携挙されなかった人たちはどうなるんでしょう?

世界は統一政府によって一つになり、一つの貨幣となり、反キリストの人がこの地を治めます。
 
そして天変地異が起こり、地獄のような時代となります。

ただ希望なのは、そんな大患難時代、7年間の内の前半の3年半の間に多くのユダヤ人が救われ、そのユダヤ人の中の14万4千人の人たちが世界中に伝道し、多くの異邦人が救われます。

でもね、そのあとに待っているのは大迫害であり、苦しみです。


携挙は恵みです。この恵みに与るためには、イエス様の十字架と復活を信じることです。

時間はないんです。


今回、本当に終末に一歩踏み込んだという実感をしています。

そして、いつ携挙があってもおかしくない時代、目を覚まし、祈り備える必要がありますね。



ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい(18)

携挙は私たちクリスチャンの希望です。この携挙を待ち望み、お互いに励まし合っていきましょうね。

だって、携挙は本当に恵みであり、喜びなんですからね。


このようにして(携挙されることにより)、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります(17)

イエス様と直接お会いし、いつまでもイエス様と共にいることとなるのです。

そして、霊的には男であっても女であっても関係なく、私たちクリスチャンは花嫁であり、花婿はイエス様です。

今は婚約の状態で、まもなくイエス様が私たちを迎えに来られます。それが携挙なんです。

そして、携挙されたあと、イエス様との結婚式が天においてなされるのです。


ここに希望があるんです。この地には何の期待も希望もありません。

私たちの希望、それは携挙なんです。だから、携挙の恵みを分かち合い、励まし合い、備え、祈るのです。


お互いに携挙を待ち望み、多くの人がこの恵みに与れるよう、祈っていきましょうね。


でわでわ~


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