こんにちわ~

今日はほんと、暑かったですねぇ~~~

一気に真夏になったような感じで、夏空が広がっていました。

セミが鳴いていないのがとっても不思議というか、寂しい気がします。。。。



さてさて、今日もみことばの分かち合い、しますね。 

今朝はヨハネ11章1~16節を味わいました。


この箇所なんですが、ベタニアに住んでいる マリアとマルタの村の出であるラザロに起こった出来事についての箇所です。

このラザロが病気にっかりました。病気と言っても風邪とかそういうのではなく、重病で危篤状態でした。

今の時代なら、集中治療室で面会謝絶状態です。

いつどうなってもおかしくない状態の中、マリアとその姉妹であるマルタは、イエス様なら!っていう思いから、使いの人をイエス様のところに遣わしました。


「主よ、ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です」(3b)



それに対してイエス様、「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです」(4節)と言われました。

ラザロの病気は死で終わらないってイエス様、言われたんです。ラザロは復活、正確にはそのあと死ぬんですから蘇生ですよね。

で、このラザロは蘇生します。このラザロのよみがえりの奇跡を通して、イエス様はご自身の栄光を現されたのでした。

これがこの箇所の出来事です。





今回、考えさせられたのは、下のみことば、5~6節です。

イエスはマルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。そのようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた。 (5~6節)

イエス様、ラザロが病気で大変な状況なのに、あえて2日もそこに留まられたんです。

これの箇所を初めて読んだ方はイエス様って冷たいって思われるかもしれませんね。だって重病のラザロをそのままにして、2日もそこに留まられたんですからね。誰も初めて読んだときは冷たいなぁって思われることと思います。



でもね、イエス様は決して冷たいお方じゃないんです。

そうじゃなくて、イエス様はご自分の思いよりも、天のお父様の御心に従ったんです。


神様のタイムスケジュール、それは2日間そこに行くことではないっていうことです。

このことをイエス様は聞いています。それだけ天のお父様との関係が密だったんですね。



自分はどうなんだろうって思ったんです。

天のお父様のタイムスケジュール、それは私たちの内にも与えられています。

その御心にアーメンと信頼しているかということです。


天のお父様のタイムスケジュールじゃなくて、自分のタイムスケジュールを立て、そのスケジュールどおりにならないとき、焦り、もがき、どうしようって不安になります。

でもこれ、自分が中心んなんですよね。


あぁ、そうじゃないんだなぁって思わされたんです。

天のお父様のタイムスケジュール、そこに自分を合わせること、そして主に信頼することですね。



わたしの時がまだ満ちていないからです。(ヨハネ7:8)

これなんですよね。今まだ動かないのは、お父様の時が満ちていないからなんですよね。

そしてお父様の時が満ちた時、ご自身のご計画のハンドルがぐーっと動かされるんです。



主はぼくらのすべてをご存知であり、主の時にすべての必要は満たされます。

だから、恐れず、主の御心の時に信頼していたいんです。


天のお父様の時か、自分の時か、どっちを信頼するかで、この先が決まります。

自分の時を信頼する、これほど危険であぶないことはないです。

だって当てにならないし、そこにあるのは努力と不安と失望だけです。。。。


天のお父様のタイムスケジュールこそ、確かです。

そして今日聖書を通して語られています。


これからの歩み、天のお父様のタイムスケジュール、そこに信頼し、聞き従う歩みをすることができますように


でわでわ~