キリストの優しい風

~風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、
それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。
霊から生まれた者も皆そのとおりである(ヨハネ3:8)~

キリストの優しい風に吹かれ、自由に導かれ、癒やされ、変えられていく幸せをあなたと。。。





タグ:十字架

こんにちわ~

今日も無事終わりました。ほっ

そして今週もこれでおしまい、主よ、感謝します。

前回に続いて、今回もみことばの分かち合いをします。



ヨハネの福音書14章からです。

ヨハネ14:5~7
トマスが言った。。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうしてその道を知ることができるでしょうか。」

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない。

あなたがたがわたしをしっているなら、わたしの父をも知ることになる。
今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」

トマスの発言ですが、これはその前の節でイエス様が言われたことを受けて、トマスが語ったことばです。




わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている(4)

トマスは全然わからず、イエス様がどっか別の地方に行かれるのかなって思って、それで質問したんでしょうね。



これ、トマスだけじゃなくて、弟子たち全員そうでした。

イエス様はこれから十字架にかかり、3日後に復活するということを語られています。

だけど、弟子たちはそのことを理解するどころか、記憶から完全に抜けちゃっているんです。



これは、イエス様が復活され、彼らに会うまで続きます。

だって、イエス様は復活してガリラヤに行くと弟子たちに語っているんですが、イエス様が言われた3日後にガリラヤに行った人は一人もいません。

女たちがイエス様が復活されたって伝えても、「ふん、女の言うことなんて。。。」ってそっぽを向いて、聞く耳持たずです。

ごめんなさい、これはこの当時の一般的なユダヤ人の考え方であって、女性蔑視でもなんでもありません。
弟子たちは本当に情けないなぁって、他人事で思っちゃいますが、でもこれ、ぼくたちも気をつけなくちゃ、似たようなこと、やっちゃうと思います。


弟子たちはイエス様の語られたみことばをそのまま受け取れませんでした。



私たちは聖書のみことばに真剣に取り組んでいるんだろうか、みことばにどれだけ信頼し、みことばに立っているんだろうか。。。

うーん、考えさせられますね。



イエス様はそんなトマスを叱りつけるんじゃなくて、すごく大切なことをおっしゃいました。


わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。(6)

これ、イエス様の神性宣言です。

イエス様こそは真理そのものです。命です。

私たちの進むべき道はイエス様です。




イエス様は真理であり命なるお方、このお方が肉体を持たれ、そして十字架にかかりました。

そして、イエス様が十字架上で「完了した」(30)って言われ、息を引き取られました。

「完了した」(新改訳)、「成し遂げられた」(新共同訳)は、原語では「テテレスタイ」っていう言葉が使われていて、これは商売用語で、借金はすべて完済したっていう宣言をするとき「テテレスタイ!」って使う用語なんです。

イエス様は一般庶民が使う言葉を使い、私たちの罪という大きな借金は完済し、もう借金は一切無いって宣言されたんです。




だから今、私たちはイエス様を通して、天のお父様のもとに行くことが、大胆に行くことが出来るようになりました。

だから、お祈りするとき、「イエス様のお名前によってお祈りします」って祈りの最後に言うんです。

これは、とりあえずお祈りの最後に言う言葉じゃないです。

これ、とっても大事なこと、神学的には、お祈りは、天のお父様にします。



だから、祈りの冒頭に「天のお父様」って言いますよね。

これも祈りの最初の決まり文句じゃないですよ。

そうじゃなくて、ぼくたちはイエス様を通して、天のお父様にお祈りしているんです。

イエス様が十字架上で私たちの罪がすべて処理され、無くしてくださるまでは、天のお父様のもとに行くことは、つまりお祈りすら出来ませんでした。

それが今や、「お父様」って、イエス様を通して天のお父様とお祈りすることが出来るようになったんです。

ぼくたちの救いはイエス様のみです。

イエス様以外には真理はありません。




世の中、いろんな宗教がある、だから宗教間で仲良くし、世界平和のために共に愛し合い、受け入れ合いましょうって、言う人たちがいます。

でも、キリスト教はそういうふうに他宗教を受け入れたり、他の真理も認めるということはしません。

排他的と言われてもです、妥協は絶対に出来ないんです。

それはどうしてかというと、イエス様のみが道であり、真理であり、命だからです。

イエス様以外の道を通って救いに至るということ、罪が完全に赦され、処理され、天のお父様のもとに行くことが出来るって無理です。

イエス様以外に父なる神様のもとに行く道はありません。

イエス様だけが唯一の救いの道です。



この道を歩み、みことばを愛し、慕い求める歩みを来週一週間もすることが出来ますように。。。



祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。


でわでわ~





 

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イエス様の祝福が豊かにありますように

キリストの愛を込めて。。。





こんにちわ~

今日、二つ目の投降です


今回もみことばの分かち合いをしますね。

今日からヨハネの福音書から、イエス様の最後の弟子たちへのメッセージから、教えられたことを分かち合います。



ヨハネ14:1~4

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。

わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。

行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。

こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。

わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」
 


これ、イエス様が十字架にかかるまさに直前に語られたおことばです。

だから、緊迫感が伝わってきますよね。


イエス様は言われました、
心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい(1)

弟子たちの心は動揺し、まさに心騒がせ、ザワザワしている状態でした。

だってね、自分たちのラビであるイエス様が十字架にかかるなんて言うから。。。


弟子たちの心はこうです。

イエス様が自分たちから去って行ってしまう。
しかもイエス様は死のうとしている。
更に、我々の中に裏切り者がいて、イエス様を裏切ろうとしている。
ペテロは三回もイエス様を拒否する。。。


そんな弟子たちにイエス様は「心を騒がすな。神を信じ、わたしをも信じなさい」っておっしゃられたんです。


そうなんですよね、ぼくたちもこれ、すごく重要ですよね。

いろんな恐れや不安にさいなまれたら、問題が生じてどうしようってなったら、病で大変なことになったら。。。

こんな時、大切なのはこのみことば、「心を騒がすな。神を信じ、わたしをも信じなさい」っていうみことばですね。

問題が生じたとき、大切なのは「どうしよう」ってなったとき、心を騒がせず、落ち着いて、問題ではなく主を見上げることなんですよね。

そして、すぐに行動しないことです。


3秒間ルールって、落としたら、3秒以内なら綺麗って、あれじゃないですよ(笑)
そうじゃなくて、何かあったら、すぐに慌てて行動するのではなく、3秒間待つこと、その間に深呼吸し、主に心向けることです。

もちろん3秒間ルールって、4秒目に行動すればいいっていう意味じゃないですよ。

そうじゃなくて、心を落ち着かせ、心に主を迎え入れ、祈り、主に聞くこと。

すぐに行動に移さないっていう意味です。



ぼくたちはすぐに行動しがちですよね。

問題が生じると、パニクっちゃって、あぁぁぁ、大変だぁぁぁあああってなっちゃうんです。

そしてともかくあれを、これを!!!!ってやっちゃいます。

でもね、そういう中で、イエス様は言われました、「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」



イエス様は弟子たちに十字架にかかる前に、このことをまずお語りになりました。

私たちもまた、神様に信頼すること、これが大切なんです。


長くなっちゃったんで、残りは後でまた書きますね。


ぼくたち、ご一緒に神様に信頼する信仰、持ち続けていきましょうね。

すべては主がしてくださいます、ハレルヤ~


祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。


でわでわ~





 

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イエス様の祝福が豊かにありますように

キリストの愛を込めて。。。





こんにちわぁ~

今日は青空、とっても気持ちいい一日でした~

やっぱ青空っていいですね、梅雨前だから湿気もないし、空気も気持ちいい

5月っていい月ですよね~




さてさて、話はがらっと変わりますが、今週の日曜日の話です。

今、礼拝でイエス様の十字架について学んでいます。

でね、今週のメッセージで、すごーーく心に残り、ずっと思いめぐらしていることがあるんです。



それは、救われるって当たり前じゃないんだなぁっていうこと。




ルカ23:39~43
十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と言った。

ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。

われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」

そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」

イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
 




ふたりの強盗。イエス様を真ん中に、両脇に同じ十字架刑の受刑者がいます。

最初は二人共、心が閉じて、イエス様に対しても批判的だったでしょうね。

でも、きっとイエス様の祈りを間近で聞いていて、一人は心が変わっていったんでしょう。

彼はイエス様を信じ受け入れたんです、十字架上で。



でももうひとりは受け入れず、神の御子であるイエス様に向かって「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」って、周りの群衆や祭司長や律法学者と同じように、十字架から降りて、自分を、そして俺たちを救えって、イエス様を罵倒しています。


これって、一体なんだろうって思わされたんです。

片方は、イエス様を信じ受け入れました。

そして「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください」って告白し、お願いしています。

「あなたの御国」って、メシア的王国、将来起こる千年王国のことです。

その時、イエス様は再びこの地に来られ、王としてこの地を治めるんです。

その時、自分のことを思い出してくださいって、一人の十字架刑にかかっている人はお願いしたんです。

でもね、それに対してイエス様、「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます」って宣言されました。




パラダイスってどこでしょう?

なんか抽象的すぎてわかりにくいですね。

パラダイスって、ハデスと言って、日本語では黄泉と訳されています。

そこに死んだ人の魂は行くのです。




で、このシオール、黄泉には二つあって、一つは「アブラハムのふところ」と比喩的に言われている場所で、そこは義人、旧約聖書の時代に義とされ救われている人のいく慰めの場所です。

もう一つの場所は、暗闇の場所で、罪人の行くところです。




で、この信仰告白をした人は、アブラハムのふところの方、慰めの場所に行くんだってイエス様は宣言されました。

しかも「きょう」です。

そして、一人で行くんじゃなくて、イエス様と一緒です。




この人の願いは、千年王国の時にイエス様が王の位に着いた時に、自分のことも思い出してくださいってお願いしたのに対して、イエス様は「そんな遠い未来のことじゃないよ、きょうだよ」っておっしゃってくださったんです。


彼はイエス様とともにハデスの慰めの場所に行きました。

そして、イエス様が復活され、天に挙げられたとき、慰めの場所にいた人たちはみんな一緒に天に挙げられて、ぼくたちが天国って言っている場所に移されたんです。




一方、もうひとりの人はというと、ハデス行きです。

そこでもがき苦しむのです。

彼にはもう救いはありません。。。




イエス様をはさんで、二人の犯罪者の間は距離としてはほんのわずかな距離でした。

でも、二人の死後の運命はあまりにも違いすぎる。。。



あぁ、救われるって本当に不思議だし、すごいことなんだなぁって思わされています。

おんなじ受刑者なのに、ひとりは真横に神の御子であらられるイエス様、ユダヤ人の王として来られたイエス様がおられるのに心開かず、罵倒しました。

ところが、同じ受刑者で、もうひとりはイエス様を受け入れ、信じ救われました。

彼は謙遜にも、メシア的王国の時にイエス様が王としてお着きになったときに思い出してくださいって告白したのに、イエス様はなんと「きょう」、つまり、すぐにイエス様と共にハデスの中の慰めの場所に行くんだって言われました。



救われるって当たり前じゃないんですね。

救われたこと、イエス様を受け入れることができたこと、これは大きな大きな恵みなんだなぁってしみじみ思わされます。

でも、それと同時に、今もこのもうひとりの犯罪人や周りの群衆と同じで、こんなに素晴らしい福音を拒否し続けている人が大勢いるという現実です。



十字架って人の運命を決定するものなんですよね。

この十字架、そして復活の福音を伝えること、それはその人の永遠の運命を決することなんです。

そのことを思わされ、日曜日以降、そのことを思い巡らしています。



十字架の恵み、それは受難週やイースターだけじゃないですよね、日々の歩みの中で、救われたことは当たり前じゃないということ、神様に選ばれた恵みを感謝する歩みをしていきたいですね。


ハレルヤ、主よ、感謝します 



祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。


でわでわ~ 






 

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イエス様の祝福が豊かにありますように

キリストの愛を込めて。。。




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