キリストの優しい風

~風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、
それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。
霊から生まれた者も皆そのとおりである(ヨハネ3:8)~

キリストの優しい風に吹かれ、自由に導かれ、癒やされ、変えられていく幸せをあなたと。。。





ヨハネ

わたしに従いなさい

こんにちわ~

  ふぅ、今日も無事終わりました。

 
みことばのわかちあい、しますね。 

今朝、味わったみことばですが、ヨハネ21章、イエス様がペテロに3回「わたしを愛しているか」って質問された箇所です。

 で、その後のイエス様とペテロとの会話を味わいました。

  



☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆

ヨハネ21:20~22
ペテロが振り向くと、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのが見えた。

この弟子は、あの夕食のとき、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、裏切るのはだれですか」と言った人である。

ペテロは彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言った。

イエスは言われた。「わたしが来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたはわたしに従いなさい。」

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆


 

ペテロのチャレンジ

イエス様はペテロに3回「わたしを愛しているか」って言われたけど、ペテロはイエス様を3回裏切って、「知らない」って言ったんですよね。

 

その後、ペテロの心の中の悲しみ、後悔、それは計り知れないくらいの大きさだったと思います。

毎日のように「主よ、ごめんなさい。お赦しください」って悔い改めていたことでしょうね。

  

だからね、イエス様がペテロに3回「わたしを愛するか」って言われたのって、すごーく大きなことだったと思うんです。

 

 その後、イエス様はペテロに「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたくないところへ行った。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる」って言われました。

これ、ペテロの将来に対する預言です。ペテロが将来どんな迫害に遭うかっていう預言で、伝承によると、ペテロは十字架刑にかけられて死にますが、イエス様と同じでは申し訳ないって言って、逆さ十字架にかけられて亡くなったそうです。

これがペテロの殉教の死の姿です。

著者のヨハネはそのことについて「ペテロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして」イエス様が言われたんだって言っています。

 

で、その上で、イエス様は再度言われました。

「わたしに従いなさい」

 

赦されたペテロに対するイエス様のチャレンジ、そしてイエス様の弟子としてのライフスタイル、すごく考えさせられました。

イエス様への忠実さ、本当に大切ですよね。

 

 あなたはわたしに従いなさい

で、イエス様はおそらくその後、ペテロに御自身の再臨について言われたんでしょうね。

その後のペテロの反応、それが冒頭に書いたみことば、ヨハネ21章20~22節です。

 

ペテロ、ヨハネを見て、ヨハネはどうなるんだろうって思ったんでしょうね。

そんな好奇心から「主よ、この人はどうなるのでしょうか」って聞きました。

 

するとイエス様、こう答えられました。

「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい」

 


あなたはわたしに従いなさい

あの人、この人じゃないんです。

神様はそれぞれにふさわしい賜物を用意し、召しを用意し、一人一人、各個人のためにご計画をもたれているんです。

その与えられている召しに対して忠実であり、全うしなさい。

イエス様はここでそうペテロにおっしゃったんです。

 

ペテロだけじゃなくて、今、自分自身にも語られているんだなぁって思わされました。

私たちひとりひとりに与えられている召し、それはキリストの弟子となることであり、罪から離れることです。

 

ヘブル12章14節にこうあります。


すべての人との平和を、また聖なる生活を追い求めなさい。聖なる生活を抜きにして、だれも主を見ることはできません。
神の恵みから除かれることのないように、また、苦い根が現れてあなたがたを悩まし、それによって多くの人が汚れることのないように、気をつけなさい。

 

 

罪があると神様を見ることは出来ないって、ヘブル人への手紙の著者は言っています。

そう、イエス様に従うためには何よりも罪から離れることですよね。

 

この世はサタンの支配下であり、サタンのものです。

だからクリスチャンは攻撃を受けるんです。

そして、私たちの心にいつも誘惑してくるのもサタンです。

その罪の誘惑に対して常に拒否し続けること、そしてみことばを学び、みことばに忠実になること、これなんです。

 

ぼくたちはキリストの弟子として招かれています。

「わたしに従いなさい」

これがイエス様の招きのおことば。

 

罪から離れ、聖なる生活を追い求め、聖書のみことばに忠実に従う歩み、それこそがイエス様に従う歩みなんです。

 

ぼくたちはみんな弱さを抱えているし、失敗しちゃうこともあります。

でも、常にイエス様に立ち返り、罪を悔い改め、イエス様に従う歩み、していく者でありたいですね。

 

今週も後半に入りますが、主に従う日々でありますように。。。

 
祝福を祈ります
キリストの愛を込めて。。。

でわでわ~ 

 



 

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イエス様の祝福が豊かにありますように。

キリストの愛を込めて。。。




 

神様に信頼する3秒間ルール

こんにちわ~

今日、二つ目の投降です


今回もみことばの分かち合いをしますね。

今日からヨハネの福音書から、イエス様の最後の弟子たちへのメッセージから、教えられたことを分かち合います。



ヨハネ14:1~4

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。

わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。

行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。

こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。

わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」
 


これ、イエス様が十字架にかかるまさに直前に語られたおことばです。

だから、緊迫感が伝わってきますよね。


イエス様は言われました、
心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい(1)

弟子たちの心は動揺し、まさに心騒がせ、ザワザワしている状態でした。

だってね、自分たちのラビであるイエス様が十字架にかかるなんて言うから。。。


弟子たちの心はこうです。

イエス様が自分たちから去って行ってしまう。
しかもイエス様は死のうとしている。
更に、我々の中に裏切り者がいて、イエス様を裏切ろうとしている。
ペテロは三回もイエス様を拒否する。。。


そんな弟子たちにイエス様は「心を騒がすな。神を信じ、わたしをも信じなさい」っておっしゃられたんです。


そうなんですよね、ぼくたちもこれ、すごく重要ですよね。

いろんな恐れや不安にさいなまれたら、問題が生じてどうしようってなったら、病で大変なことになったら。。。

こんな時、大切なのはこのみことば、「心を騒がすな。神を信じ、わたしをも信じなさい」っていうみことばですね。

問題が生じたとき、大切なのは「どうしよう」ってなったとき、心を騒がせず、落ち着いて、問題ではなく主を見上げることなんですよね。

そして、すぐに行動しないことです。


3秒間ルールって、落としたら、3秒以内なら綺麗って、あれじゃないですよ(笑)
そうじゃなくて、何かあったら、すぐに慌てて行動するのではなく、3秒間待つこと、その間に深呼吸し、主に心向けることです。

もちろん3秒間ルールって、4秒目に行動すればいいっていう意味じゃないですよ。

そうじゃなくて、心を落ち着かせ、心に主を迎え入れ、祈り、主に聞くこと。

すぐに行動に移さないっていう意味です。



ぼくたちはすぐに行動しがちですよね。

問題が生じると、パニクっちゃって、あぁぁぁ、大変だぁぁぁあああってなっちゃうんです。

そしてともかくあれを、これを!!!!ってやっちゃいます。

でもね、そういう中で、イエス様は言われました、「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」



イエス様は弟子たちに十字架にかかる前に、このことをまずお語りになりました。

私たちもまた、神様に信頼すること、これが大切なんです。


長くなっちゃったんで、残りは後でまた書きますね。


ぼくたち、ご一緒に神様に信頼する信仰、持ち続けていきましょうね。

すべては主がしてくださいます、ハレルヤ~


祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。


でわでわ~





 

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イエス様の祝福が豊かにありますように

キリストの愛を込めて。。。





昼間の生活をしよう

こんにちわ~

今日もとっても暑い一日でしたねぇ~

夏空が広がり、今夜も熱帯夜。こう暑いと梅雨明けがまちどおしい。。。。

あのどんよりジメジメはすご~く疲れますからね~



さてさて、話は変わりますが、今日もみことばの分かち合い、しますね。

昨日の続きです。



昼間は十二時間あるでしょう。だれでも、昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。

しかし、夜歩けばつまずきます。光がその人のうちにないからです。
ヨハネ11:9~10
 



イエス様は二日後、危篤状態だと聞かされたマリアとマルタの兄弟ラザロのとこに行くって言われました。

その後、イエスは「もう一度ユダヤに行こう」と弟子たちに言われた。(ヨハネ11:7)


弟子たちはそれを聞いてビックリしたんです。だってね、今ユダヤに行くことはめっちゃ危険だっていうことがわかっていたからです。

イエス様が生まれつきの病人を癒されたあと、ユダヤ人たちはイエス様に石を投げて殺そうとしました。

その記憶が鮮明に残っていたので、弟子たちはある意味、ラザロのとこに行かなかったことにホッとしてたのかもしれませんね。


だからね、きっと弟子たち、このイエス様の発言にビックリしたというか、衝撃を感じたんでしょうね。

だから弟子たちは「先生。たった今ユダヤ人たちが、あなたを石打にしようとしていたのに、またそこにおいでになるのですか」って、なんとかイエス様に思い直してもらおうと説得したんです。




そして、弟子たちの説得の言葉に対するイエス様の答えが上のみことばなんです。


昼間は十二時間あるでしょう。だれでも、昼間歩けば、つまずくことはありません。この世の光を見ているからです。しかし、夜歩けばつまずきます。光がその人のうちにないからです。(ヨハネ11:9~10)

イエス様、太陽が出ている時間は日に12時間、だからその時間に歩けば、光があるから歩いてもつまずかないよって言われました。

これは直接的な意味ですが、イエス様はこのことを通して、ベタニアに行くことは、そんなに危険なことじゃないよ。神様の御心の内を歩めば、つまり昼間歩けばつまずくことはないって言われたんです。

このみこころこそ、前回お話した神様の時ですよね。

イエス様は100%天のお父様の御心に従い、みこころの内に歩まれました。

だから安全なんです。だって、天のお父様の許しの中、御心の中以外で殺されたりすることは絶対にないからです。

だからイエス様は昼間歩けば大丈夫なんだって言われたんです。



この対象は夜ですよね。

夜は神様のみこころじゃなくて、自分の「おこころ」です。

自分の何かが動機で、自分の方法で行動すること、これは非常に危険なんです。



この昼間と夜、光と闇、このことを味わいながら、自分自身の歩みについて考えさせられました。

この9~11節のみことば、私たちへの適用って、自分は父なる神様のみこころの中を歩んでいるのかっていうことですよね。

御心の内を歩んでいれば安全です。だって、イエス様の臨在の光の中を歩んでいるんですからね。

これ、専門用語で「シャカイナグローリー」って言います。


だからね、鍵はイエス様のいのちの内に留まっているかどうかなんですよね。

天のお父様の御心の内を歩み、お父様の御心の時を信頼し、主を見上げるライフスタイル、ぼく自身の日々の歩みがそうでありたいなぁって思わされました。



そして、怖いのは夜歩くことなんです。

でも思うんですが、一番の悲劇って、「イエス様のために!!!」ってやってて、実際は暗闇を歩むことです。

めちゃめちゃ皮肉ですね。。。。

つまりね、「イエス様のために~!!!」ってやっても、実際、イエス様に頼らず自分の努力とか、がんばりでやったら、それはシャカイナ・グローリーの中を歩むんじゃなくて、暗闇の中を歩むことなんです。


だからね、いつも主に信頼し、主を見上げて歩むことなんですよね。


そのために大切なのは、やっぱり聖書なんです。

聖書の学びは本当に本当に重要です。だってみことば無しに昼間の生活は無理ですもんね。


そして、昼間の歩みをする方法、それは、今日、新約の時代、恵みの時代に私たちクリスチャンに与えられている「キリストの律法」という、新約聖書でイエス様が、そして使徒たちが仰った命令に従うことです。

でも、それも聖書の学びをしないとわかなんないし、勝手に解釈して間違った意味で理解したら怖いですしね。



光と闇、昼間と夜の生活、それは聖書のみことばに立つかどうかです。

お互いにイエス様に信頼し、依り頼み、昼間の生活をしましょうね



でわでわ~


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