キリストの優しい風

~風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、
それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。
霊から生まれた者も皆そのとおりである(ヨハネ3:8)~

キリストの優しい風に吹かれ、自由に導かれ、癒やされ、変えられていく幸せをあなたと。。。





カテゴリ:恵みの分かち合い > 賛美

こんにちわ~

外はすごい雨、嵐、明日の朝には晴れないかなぁ。。。

 

さてさて、昨日、日曜日はイースター、イエス様が復活なさったことを記念する日です。
 
で、イースターである昨日、礼拝での特別賛美で、この曲が賛美されました。

 

 

1、神はひとり子を世に送られ
人々は主を「イエス」と呼んだ

主は愛と、癒やしと罪の赦しのために
やって来られた

神に背いて生きていた私の罪を赦され、
あがなうために

主は人として生き、そして死なれた
何も入っていない墓

それは私の救い主 イエス・キリストが
生きていることを証明するために
そこにある!


☆主が生きていおられるから、
私は先にある困難に立ち向かっていける

主が生きて働いておられるから、
すべての恐れは消え去っていく

それゆえに、私は知る
後に起こりうることは、
主の御手の中にあることを

人生は生きている者にとって
価値あるものなので

まさしく、
主は生きて働いておられるのだから!

 

 

2、なんて素敵なことなんだろう
生まれ変わって新生した
たましいを有するとは

主が与えられる、
その満ち足りたものと喜びに触れ

更に優れた揺る動かぬ確信を
満たすものとなる

神の子とされたこの者は、
確信の持てない生涯に
立ち向かっていける

主は生きておられるのだから!

 

☆主が生きていおられるから、
私は先にある困難に立ち向かっていける

主が生きて働いておられるから、
すべての恐れは消え去っていく

それゆえに、私は知る
後に起こりうることは、
主の御手の中にあることを

人生は生きている者にとって
価値あるものなので

まさしく、
主は生きて働いておられるのだから!

 

3、そしていつの日か、
私はその川を越え

苦悩を伴った人生の最終決戦を
挑むことになるだろう

その後、死が勝利へと
取って代わるので

神の栄光の多くの輝きを
私は目の当たりにし

主イエスが統治されていることを
知るようになるだろう

 

☆主が生きていおられるから、
私は先にある困難に立ち向かっていける

主が生きて働いておられるから、
すべての恐れは消え去っていく

それゆえに、私は知る
後に起こりうることは、
主の御手の中にあることを

人生は生きている者にとって
価値あるものなので

まさしく、
主は生きて働いておられるのだから!

 

「主が生きておられる」

これがどんなに素晴らしいことか。

イエス様は私たちの罪のために十字架にかかって死なれ、墓に葬られ、そして三日目によみがえられました。
 

そう、今、イエス様は復活され、今も生きておられるんです。

 


最近、特にいろんな不安や恐れの風が心にピューピューと吹いてきます。

この先どうなるんだろう。。。
失敗したらどうしよう。。。
もうダメなのかな、手遅れだよなぁ。。。

 
こんな声というか、思いが心に響いてくるんです。



でもね、その度に思わされるんです、「そうだ、主は今生きておられるんだ!」ってね。

イエス様は今、生きておられ、天においてぼくのためにとりなし、祈っていてくださっている。

そしてぼくの呻きも悲しみも恐れもぜーーーんぶ、イエス様は知っておられ、共に涙し、祈り、天のお父様に届けてくださっている。

主は良いお方、ぼくに対する計画をぼくが生まれるずーーーっと前、天地が創られる前から持っておられ、その計画の中でこの世に誕生し、中学3年生の時にイエス様と出会い、福音を受け入れて救われ、今に至っています。

主のその計画に信頼しようって思わされているんです。

 
 

答えは主にあります。

そして、主はすべてを知っておられ、主の計画に信頼しよう。

そして一歩一歩、主が道を開いてくださることを信頼して前進していこう。

そう思わされています。

 

これも「主は今生きておられる」、ここにあるんです。

イエス様が十字架で死なれ、それで終わっていたら、三日目に復活しなかったら、イエス様は死に負けたことになります。

そして、いろいろな偉人の一人にすぎない存在となり、もはや神ではありません。

 

でも、主は今生きておられるんです。

ここに私たちの希望があります。

そして、まもなく、イエス様とお会い出来るんです。

これが私たちの希望です、ハレルヤ!

 
 

このイースター、「主は今生きてられる」ということが、どんなに大きなことなのか、じっくり味わい、感謝しました。

 

今週一週間、「主は今生きておられる」という恵みを味わい、そして主の計画に信頼して歩んでいくことができますように☆

そして、いろいろな否定的な、サタンの声に惑わされることなく、ただ主のみことばのみに心開く一週間でありますように☆

 

今週もよろしくお願いします


祝福を祈ります
キリストの愛を込めて。。。
じゃぁね~ 

 
 


 

こんにちわ~

ここ数日、この賛美を口ずさんでいます






主に賛美
この世の誘惑がやってくるとき
自分の力では打ち勝てない

激しい嵐に沈み行くばかり
どうすればいいのかわからないとき

*主に賛美 手を挙げて賛美
戦いは我らのものではなく
主に賛美 手を挙げて賛美
戦いは我が神のものなのだから

☆★○☆
嘘と偽りに満ちたこの世界
行く道を知らず 止まるばかり

悪しき霊たちは今も我らを
失敗と絶望に落とそうとする

*主に賛美 手を挙げて賛美
戦いは我らのものではなく
主に賛美 手を挙げて賛美
戦いは我が神のものなのだから

☆★○☆
周り見渡せばだれも見えないが
信仰の目で見えるお方がいる

今も我が内に生きておられる
暗闇の力を砕いたイエス

*主に賛美 手を挙げて賛美
戦いは我らのものではなく
主に賛美 手を挙げて賛美
戦いは我が神のものなのだから




このところ、ちょっと疲れてて、いろいろ思い巡らしているとき、ふっとこの曲を思い出したんです。



賛美する内にめちゃくちゃ励まされ、涙が出てきました。

ほんと、そうなんですよね。ひとりじゃないんです。

主はいつも天の聖所で大祭司としてとりなし、祈り続けてくださっている。

そして、主が勝利してくださるんですよね。



出エジプトのみことばを思い出しました。

モーセ率いるイスラエル人たちがエジプトを脱出し、紅海を前にして絶体絶命の時、モーセがつぶやいているイスラエルの民に言ったことばです。


出エジプト14:13b~14
お恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。
あなたたちは今日、エジプト人を見ているが、もう二度と、永久に彼らを見ることはない。
主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。



主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい。

そうなんですよね、戦うのはぼくたちじゃなくて、神様なんですよね。

私たちはただ主に信頼し、主の勝利を味わい、前進していくんですよね。



今、必要なのって、神様に信頼することなんですよね。


サタンは心にいろいろとささやいて、混乱させようとするけど、でもぼくたちがすること、それはサタンと同じ土俵に立って戦うんじゃなくて、主に信頼し、主を賛美することなんですよね。



主を見上げ、主に賛美する。

これこそ、勝利なんですよね  


今週の後半、主に依り頼み、主を見上げ、賛美する歩みをすることが出来ますように。。。

じゃぁね~  






 

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イエス様の祝福が豊かにありますように。

キリストの愛を込めて。。。





こんにちわ~

最近、ハマってる賛美があります。

「神の子」っていう賛美です。







 
神の子

何が出来ても 出来なくても
何を得ても 失っても

ただ愛されてる 天の父に
私は神の子




これ、本当にシンプルな曲なんですが、すごく真理なんです。


新約聖書のローマ人への手紙8章15~16節にこう書かれています。





あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。

私たちが神の子であることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。
 
 



私たちは今、子としてくださる霊を受け、神の子とされています。

でもね、これ、当たり前のことじゃなくって、凄いことなんですよ。

だって、本来滅びへと一直線だったのが、私たちです。


神様から離れ、神様を無視し、自分の価値基準で生き、罪の中に生きて来たのが私たちです。

でも、そんな私たちが神様の一方的な恵みによって救いへと選んでくださり、しかも「神の子」としてくださったんです。


これが私たちです。


「ただ愛されている」「私は神の子」、このフレーズは本当に甘いです

この真理がわかると、それがどんなに凄いことか、恵みなのか、深く深く思わされます。




でもね、今日、ふと思ったんです。

それは、残念ながら、クリスチャンの多くはこの部分、神様に愛されている、神様の子どもなんだっていうことが曖昧なんじゃないのかなっていうことです。




昔、ある人がこんなことを言っていました。

「私は神様の愛とか、なかなかピンと来ない。だから伝道している、奉仕しているんだ」


でもね、ぼくたちが何が出来ようが、出来まいが、全く関係無く、ただ神様に愛されているんです。

そして、私たちは神様の目に入れても痛くない最愛の息子であり娘なんです。


たとえ何も出来ないとしても、自分には取り柄なんかないなぁ、賜物?誰も何かあるっていうけど、私はうーーん。。。あの人はあんなに教会で奉仕してるし、ああなりたい、、、でも出来ない。。。

もしかしたらそう思っている人もいるかもしれません。


でも、そういうことよりも、遙かに神様に愛されている息子であり娘なんだっていうことを受け入れ、そこに安住している方が遙かに祝福されています。

だって、神様に愛されているんだもん。たとえ何もしていなくても、なんの引けも感じる必要無いですし、人がどう思おうが、私の最高のお父さんに認められ、愛され、受け入れられているんだもん。

神様に愛されている息子であり娘なんだっていう自覚、これ、大事ですよね。


自分の価値観を強要されたり、虐待を親から受けてきた人は、特にこの部分は弱いかも知れません。

でも、天のお父さんは、肉のお父さんとは違います。

天のお父さんは絶対に責めることはないし、正しい道に進むように、ご自身の似姿に変えるために、時に試練は与えられるけど、でもそれも愛故にです。


ぼくたちは愛されてるんです。最高の愛で愛されてるんです。

あなたのためにぼくたちのお父さんは、ご自身の御子を人としてこの地に誕生させ、十字架にかけられたんです。

そこまで愛されているんです。


だから安心できるんです。

神様に愛してもらいたくて奉仕するのと、愛されてるから安心して奉仕するのとでは大きな大きな違いがあります。



ぼくたちは天のお父さんにただ愛されている最愛の息子であり、娘なんだっていうこと、そこに身を任せましょう。

今年一年、その愛で満たされ、もう愛されるために何かをするっていうことから解放される一年となりますように。


ぼくたちが何もしなくても、天のお父さんの愛の眼差しは変わりません。

ただ愛されている神の子なんですから、ハレルヤ


祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。


でわでわ~





 

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イエス様の祝福が豊かにありますように。

キリストの愛を込めて。。。


こんにちわ~

今日も一日が終わりました。

どうやら真夏は今日で一旦お休み、明日、台風11号が西日本に直撃するとのこと、被害が無いことを祈るばかりです。



さてさて、今日なんですが、一日、ひとつの賛美が心に響いていました。

とても古い曲なんですが、ふと思い出したんです。




 
もしも今 キリストが
この地上にもどって 来られたら
心の用意は できていますか
主に会う準備は いいですか
 
1、天の雲に乗り 輝く栄光
あらわしながら やって来るから
 
心の用意は できていますか
主に会う準備は いいですか
 
2、御使いたちは すべての人を
神の御前に 集めるから
 
3、その日その時は、盗人のように
誰にもわからず やって来るから
 
☆★○☆★○☆★○☆★○☆
 



今日は歴史的な一日で、ついに安保法案が可決、強行可決してしまいました。

これで70年間守られてきた平和憲法が崩され、戦争が身近な時代となってしまいました。


正直のところ、暗闇の時代であり、日本だけではなく、世界的な今の流れを見ていると、本当に終末の時代が近く、いよいよ大患難時代がいつ来てもいい時代なんだなって実感させられます。



この曲なんですが、一部問題があり、それはイエス様の再臨と携挙がごっちゃになっているところです。

ここではイエス様の再臨とその後の審判のことを言っているようにも見えますし、携挙の後のキリストの御座の裁きのことを言っているようにも見えます。

聖書的に見ると、問題はあるんですが、でも、言いたいことは伝わってきます。


この曲、昔よく賛美していたんですが、あの時代と今とはまた大きく違っていて、今、すごく実感として感じられるし、緊迫感も感じます。

そう携挙は近いんだなってね。



携挙って何???って思われている方もいるかもしれませんね。

携挙って、空中再臨ともいうんです。



第一テサロニケ4:15~18

 4:15 主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。
 
 4:16 すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、
 
 4:17 それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。
 
 4:18 ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。
  


このみことばにあるとおりで、ある日ある時、イエス様が天から空中に降りて来られます。

すると、まず先に亡くなったクリスチャンの人たちがみがえり、天に引き上げられ、次にその時生きているクリスチャンたちが天に引き上げられます。

これは順番としてであって、一瞬の内にです。


よくある質問で、お風呂に入っているときどうなるのかとか、新しい服を日頃から着た方がいいのかとか、そういう笑い話のような質問をする人がいますが、どうなるかわかりません。

聖書は義の衣が用意されているとあります。

ただ思うんですが、今裸であることに抵抗があるのは罪の結果ですよね。最初の人アダムと女は罪を犯す前は全裸であっても問題はありませんでした。

つまり、その時は栄光の体に変えられているのですから、そういう羞恥心から完全に解放されています。

ただ、千年王国は罪人も一緒に生活しているから、服は着ています。おそらく義の衣で、神様から直接与えられることでしょう。

実際はその時にならないとわかりませんし、そんなこと考える必要もないですよね。



さてさて、話を戻しますが、聖書的には、もう携挙が起こる前提はすべて終わっています。

今この瞬間にあっても、全くおかしくありません。


そのあと、7年間の大患難時代に突入し、最終年、つまり7年目にその時生存しているユダヤ人が全員イエス様を見上げ、涙ながらに悔い改め、イエス様を求めます。

その彼らの祈りに答え、イエス様が再びこの地に来られるのです。

その時には王としてです。


今、携挙があってもおかしくありません。

その準備は出来ているでしょうか?


携挙されなかった人たちはどうなるんでしょう?

世界は統一政府によって一つになり、一つの貨幣となり、反キリストの人がこの地を治めます。
 
そして天変地異が起こり、地獄のような時代となります。

ただ希望なのは、そんな大患難時代、7年間の内の前半の3年半の間に多くのユダヤ人が救われ、そのユダヤ人の中の14万4千人の人たちが世界中に伝道し、多くの異邦人が救われます。

でもね、そのあとに待っているのは大迫害であり、苦しみです。


携挙は恵みです。この恵みに与るためには、イエス様の十字架と復活を信じることです。

時間はないんです。


今回、本当に終末に一歩踏み込んだという実感をしています。

そして、いつ携挙があってもおかしくない時代、目を覚まし、祈り備える必要がありますね。



ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい(18)

携挙は私たちクリスチャンの希望です。この携挙を待ち望み、お互いに励まし合っていきましょうね。

だって、携挙は本当に恵みであり、喜びなんですからね。


このようにして(携挙されることにより)、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります(17)

イエス様と直接お会いし、いつまでもイエス様と共にいることとなるのです。

そして、霊的には男であっても女であっても関係なく、私たちクリスチャンは花嫁であり、花婿はイエス様です。

今は婚約の状態で、まもなくイエス様が私たちを迎えに来られます。それが携挙なんです。

そして、携挙されたあと、イエス様との結婚式が天においてなされるのです。


ここに希望があるんです。この地には何の期待も希望もありません。

私たちの希望、それは携挙なんです。だから、携挙の恵みを分かち合い、励まし合い、備え、祈るのです。


お互いに携挙を待ち望み、多くの人がこの恵みに与れるよう、祈っていきましょうね。


でわでわ~


こんにちわ~

今日、二つ目のアップです。



前回、今年の前半の感謝について、分かち合いました。

で、この賛美を分かち合いたいなぁって急に思いました。


これ、「主に感謝せよ」っていうメシアニック賛美で、とっても好きな曲です。






☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

ホドゥ ラドナイ キー トヴ

キ レ オラム ハスド

キドゥ ラドナイ キー トヴ

キ レ オラム ハスド



ホドゥ ホドゥ ホドゥ ホドゥ ホドゥ ラドナイ キートヴ 

ホドゥ ホドゥ ホドゥ ホドゥ ホドゥ ラドナイ キートヴ 


主に感謝せよ

主はことに

いつくしみ 深くあり

恵みはとこしえに



感謝 感謝 感謝 感謝 感謝せよ 主に

感謝 感謝 感謝 感謝 感謝せよ 主に 

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
 


この賛美、詩篇136篇1~2節からの賛美です。



☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

詩篇136:1~2

主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い

その恵みはとこしえまで。

神の神であられる方に感謝せよ。

その恵みはとこしえまで 

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
 



いろんなことがあり、落ち込むこともあります。

はぁってため息ついちゃう時もあります。


でも、まさに「主に感謝せよ」ですよね。

この賛美、ひとり歌う中で、本当に恵まれるんです。

あぁ、主はぼくのすべてをご存知であられ、恵みはとこしえまでなんですよね。



明日も感謝で始まり、感謝で終わる一日となりますように。。。。

そして、今年の前半も感謝を味わい、賛美する歩みとなりますように。。。 


でわでわ~  

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