キリストの優しい風

~風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、
それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。
霊から生まれた者も皆そのとおりである(ヨハネ3:8)~

キリストの優しい風に吹かれ、自由に導かれ、癒やされ、変えられていく幸せをあなたと。。。





2016年05月

愛をもって真実な言葉を。。。

こんにちわ~

今日も無事終わりました~

 

今日は5月31日、5月最後の日です。

気づいていましたか~、明日から6月ですが、6月って一年間のターニングポイントの月だって

ぜんぜんピンときませんけどね~

来月は今年半年の感謝の月としたいですね。




さてさて、今、旧約聖書のヨブ記を味わっています。

で、今日は33章を味わっているんですが、32章から「エリフ」という人が登場します。


ヨブの三人の友だちの強烈なヨブへの討論が終わったと思ったら、エリフ登場。

でもね、このエリフ、あの三人の友だちとは違うんです。

何が違うのかというと、エリフは何度も「ヨブよ」って呼びかけています。

実は三人の友だち、一度もヨブの名前を呼んでいません。

ここからも、エリフのヨブへの思いは伝わってきますよね。


で、エリフはヨブにこう言っています。



ヨブ記33:6
 
神の前では、わたしもあなたと同じように土から取られたひとかけらのものにすぎない。

あなたを押さえつけようとしているのではない。



三人の友だちは上から目線で、初めからヨブは罪を犯したから、その結果こんなに苦しい思いをしているんだって、まるでヨブにバチが当たったみたいな、そんな高飛車な態度で悔い改めさせようとしていました。

でもこのエリフ、違うんです。

「神の前では、わたしもあなたと同じように土から取られたひとかけらのものにすぎない」って、神様の前では、あなたも私も同じなんですよっていうスタンスでヨブに語っています。

彼の真剣さが伝わってきますね。




エリフは年齢的には一番低いです。だから3人の発言が終わるのをじっと待っていました。

でも、歳が若かろうと、歳を取っていようと、関係ないんです。

エリフはこう言っています。



ヨブ32:7~9

日数がものを言い、年数が知恵を授けると思っていた。

しかし、人の中には霊があり、悟りを与えるのは全能者の息吹なのだ。

日を重ねれば賢くなるというのではなく、老年になればふさわしい分別ができるのでもない。
 



そうなんですよね、知恵は神様から来るんですよね。

そして、神様の前では、みんな同じように、つちから 取られたひとかけらのものにすぎないんですよね。

あぁ、遜って、愛をもって真実な言葉を語る者でありたいですね。

そして、知恵は神様からきます。その知恵こそ聖書のみことば。

みことばを味わい、みことばを蓄え、神様のことばである聖書のみことばによって養われ、主のみことばをもって励まし、主の愛を注ぐ、そんな器になりたいです。


聖霊の導きに従い、相手の痛みに寄り添い、愛の言葉を発する者となれますように。。。


祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。


でわでわ~






 

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イエス様の祝福が豊かにありますように

キリストの愛を込めて。。。




美味しいフォー

こんにちわ~

今日、二つ目です。

食レポです 


今日はお昼に最近出来たカフェに行きました

そこは、写真撮るの忘れちゃったんですが、木造のカフェで、まだ新しいので木の香りがしてホッとします。


で、ランチメニューとして、ベトナム料理のフォーと、カレーと、地魚の海鮮丼の3つ。

迷ったんですが、フォーの気分で、フォーを頼みました。



すると、オリーブオイルがかかったレタスのサラダ、そしてポテトサラダが最初に出て来ました。

そして、フォーが出て来ました。


image

 


麺はこんな感じです。

image
 



このフォー、めっちゃ美味しかったです。

パクチーが沢山入っているし、香りがアジアンチックな香りで、味も深みがありました。


ほんとに美味しくて、あっという間に食べました。

 いやぁ~、今まで食べた中で1番って言ってもいいくらいに美味しいフォーでした。


そして、コーヒー飲んでまったりしました


神様に感謝して、ごちそうさまでした~



祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。 


でわでわ~ 







 

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イエス様の祝福が豊かにありますように

キリストの愛を込めて。。。



 

感じようが、感じまいが。。。

こんにちわ~ 

今週も無事に終わりました。


今週は落ち込んだり、いろんなことがあった一週間、でもね、ぼくの状態がどうであっても関係無しに、イエス様はぼくの内に住んでいてくださっている。

あぁ、ほんと、感謝だなぁ~って実感しています。


聖霊に満たされるって、思うんだけど、喜びがあるとか、平安があるとか、そういう時だけじゃなくて、たとえ心が沈んでいても、問題の只中にあるとしても、その状況の中で主に信頼しているかどうかじゃないのかなぁって思うんです。



もちろんね、罪を犯すと、神様の働きを遮ってしまいますし、神様を悲しませることになります。

また、私たちが心を閉ざすとき、聖霊はその人に働きかけたくてもそれが出来ません。

だってね、ぼくたちはロボットじゃなくて人格ある存在として造られているんですからね。


でも、それも悔い改めるとき、その罪は赦され、神様との関係も回復します。



だからね、ぼくらは感情に左右されちゃダメなんですよね。

もし感情と聖霊の満たしが連動していたら、心が沈んでいたりしたら、あぁ聖霊様が働いていないってなっちゃいます。

あの聖会に行って聖霊の臨在がバンバン感じて、喜びいっぱい!

ところが、家に帰り、しばらくするとその喜びが薄れて、あの臨在をもう一度ってまた別の聖会にってなります。



そうじゃないんです。

そうじゃなくて、臨在を感じようが、感じまいが、関係無く、聖霊の支配に身をゆだね、神様に信頼するとき、たとえ状況が苦しくても、臨在を感じなくても、聖霊は内住され、働いておられるんです。

ぼくらはそこに信頼を置くことが大切なんですよね。


この一週間、ちょっと気持ちが沈んでいたから余計なんですが、そんなことを思い巡らしていました。




新しい一週間、そして今日も含めて5月もあと3日、主よ、あなたに心ゆだね、全幅の信頼を置きます。

私がイエス様の十字架と復活の福音を信じ受け入れ、イエス様に信頼し、救われた瞬間、聖霊にバプテスマされ、ぼくの内に聖霊が内住してくださいました。

だから、感じようが感じまいが、関係無く、聖霊の支配の中にいるんです。

主よ、今週もよろしくお願いいたします。あなたに信頼し、あなたの御手に導かれ、一歩一歩歩んでいきます。

主よ、感謝します。。。



今週もどうぞよろしくお願いします~


祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。



でわでわ~






 

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イエス様の祝福が豊かにありますように

キリストの愛を込めて。。。




 

福音の順番

こんにちわ~ 

今日も無事一日が終わりました。ふぅ~



今日もみことばを分かち合いますね。

こうやって一日の終わりにみことばを分かち合えること、とってもとっても感謝です。


でね、今日はローマ人への手紙から分かち合いますね。




ローマ1:16

私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。
 

この箇所から二つのことを分かち合いますね。


信じるすべての人

「福音は、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です」ってありますね。

パウロは 福音に完璧な信頼を置いていて、それを誇りとしていましたが、その理由がこれなんです。


「すべて」ってありますね。

救いはすべての人に差し出されています。

それが神様の御心ですもんね。


でもね、じゃぁ、みーーーんな、すべての人が救いを経験するのかっていうと、そうじゃないです。

救いを受ける方法は信仰です。信仰によって受け取る以外に救われる方法はないです。


じゃぁ、その信仰って何かというと、以前お話しした「福音の三要素」です。

  1. イエス様が私たちの罪のために十字架にかかられたこと
  2. 死んで墓に葬られたこと
  3. 三日目に復活されたこと

これを信じ受け入れ、そこに信頼をおかなければ、救われているとは言えません。

ときどき、「教会に行っています、だからクリスチャンです」とか、「洗礼をちゃんと受けています、だからクリスチャンです」っていう人がいますが、残念ながら、それではクリスチャンだとは言えません。

いくら毎週教会にまじめに通ってるからと言っても、洗礼を受けたからと言っても、上の福音の三要素を信じ受け入れなければ、その人は求道者ではあるかもしれませんが、まだ救われていません。

もし、マリヤが処女でイエス様を産んだことやイエス様が三日目に復活されたことを疑っていたり、信じていないなら、まだクリスチャンではないのです。


これが福音であり、この福音こそ、私たち救われた者の原動力であり、神の力なんです。

その力は、今回、オバマさんが広島に来ましたが、その核兵器よりも遙かに強い力です。

そう、福音ってそれだけの力があるんです。



まずユダヤ人、そしてギリシヤ人

 パウロは「福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です」って言っていますね。

これ、直訳すると「福音は、まずユダヤ人に対して、そしてギリシヤ人に対して」ってなります。

つまり、福音はまずユダヤ人に伝えられ、次にギリシヤ人に伝えられるっていうことで、福音を伝えるのには、神様が計画された順序があるっていうことです。



この16節の箇所、動詞は一つで、現在形です。

現在形という時制は、今もその真理が有効であるということを教えています。

つまり、福音は神様のものすごい力なんだっていうことは、今も変わらないということです。

そして、このパウロが語っているパターン、「福音は、まずユダヤ人に対して、そしてギリシヤ人に対して」っていう順番も、今も変わらず有効なんです。


パウロはね、この「まずユダヤ人に、そしてギリシヤ人に」っていう福音を伝える順番を必ず守り、一回も崩していません。

使徒の働き13章4~5でのパウロの最初の伝道も、28章23節のローマでの伝道もそうでした。

パウロは新しい宣教地に行くと、まずユダヤ人に福音を伝え、それから異邦人伝道に向かいました。

必ずです。



まずユダヤ人に、そして異邦人に

今の時代にもこれは当てはまります。

でも、ユダヤ人の知り合いとかいないし。。。。

そう思われたかもしれませんね。


そうなんですよね、直接ユダヤ人の人を知らないですよね。

でもね、祈ることは出来ますよね。

かれらのの祝福と、ユダヤ人の救いのためにです。


神様のご計画は、まずユダヤ人に、そして次に異邦人にっていう順番です。

ぼくたちもまた、家族や友だちのため、日本のために祈り、福音を伝えることはとっても大切なんですが、それと同時にユダヤ人がイエス様と出会い、彼らの心が開かれ、福音が受けいられるようにって祈ること、大切なんですよね。


今日、この箇所を味わいながら、そのことを思わされました。


祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。 


でわでわ~ 






 

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イエス様の祝福が豊かにありますように

キリストの愛を込めて。。。



 

今度は抹茶♪

こんにちわぁ~

今、スタバです。

ずっとスタバのフラぺが飲みたくて、スタバにいます。

で、今回注文したのは、チョコレートブラウニー抹茶フラペチーノ

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そして今回も豆乳で♪

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今回は、それだけじゃなくて、コーヒーもトッピングしたんです。

今回、お店の人に教えてもらってやったんですが、抹茶とコーヒー、合いますよ

濃くが増して、とっても美味しいです。

それに豆乳の濃くもベストマッチ♪

おすすめですよ~


そんなこんなで、スタバでフラぺ楽しみながら、ゆっくりみことばを楽しんでます。


今週もここまで守られて感謝です、ハレルヤ

でわでわ~




 

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イエス様の祝福が豊かにありますように

キリストの愛を込めて。。。



愛の人になろう

こんにちわ~ 

今日もみことばを分かち合いますね~



今、旧約聖書のヨブ記を味わっています。

ヨブ記、味わえば味わうほど、すごくヘビーですね。

ヨブの苦しみがビンビン伝わってきます。



でね、今日、味わっていてすごく考えさせられました。 



ヨブ30:24~26

人は、嘆き求める者に手を差し伸べ、不幸な者を救おうとしないだろうか。

わたしは苦境にある人と共に泣かなかっただろうか。

貧しい人のために心を痛めなかっただろうか。

貧しい人のために心を痛めなかっただろうか。

わたしは幸いを望んだのに、災いが来た。

光を待っていたのに、闇が来た。




ヨブ記30章は、ヨブが、自分はどれほど苦しい思いをしているのかということを、切々と語っている章です。

すべての人に裏切られ、社会の中で軽蔑されていた若者が、なんとヨブをバカにし、あざ笑っています。

しかも彼らはヨブをあざけり、なんと顔に唾をかけたんです。

ヨブは大変な皮膚病に冒され、皮膚は黒ずんではげ落ち、骨は高熱のために焼けただれています。

生き地獄とはこれだって思わざるを得ない状態です。。。。



そういう中で、ヨブの3人の友だちは、ヨブを慰めるどころか、罵り、敵対したのです。

この24節からの箇所を読むと、ヨブは3人の友だちから慰めを受けることを期待したんだなっていうことが伝わって来ます。

だって、それが友だちなんですよね。。。


でも、彼らは正反対のことをしたんです。

友人から受ける責めは、苦しみが、悲しみが倍増します。




でもね、翻って、自分はどうだろうって思わされたんです。 

愛の行動をどれだけ取っているんだろう、慰めの行動をどれだけとっているんだろうってね。

ほんとに考えさせられますね。。。



でもね、同時に思うんです。

それはね、この「愛」とか「慰め」とか、これは自分のじゃないんですよね。

ぼくの愛とか、ぼくの慰めじゃなくて、イエス様の愛、イエス様の慰めですよね。

だって、ぼくの内にイエス様はお住まいになられているんですからね~



☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○

主よ、苦しみのただ中にある方にあなたの愛を流し出す器とさせてください。

あなたの愛を、あなたの慰めを、私を通してお一人ひとりに注いでください。

更に更に、あなたとの関係性を深めさせてください。

そしてその恵みから出る愛を、慰めをもって、回りの人たちと関わらせてください。

自己主張せず、自分の価値判断で人と接するのでもなく、御霊が導かれるままに、イエス様の愛を流し出し、傷ついている人にはあなたの油を私を通して塗ることができますように。

主よ。。。

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○



そんなことをこの一日思い巡らしました。

ほんとに足りない者なんですが、愛の人に変えられたいですね 



祝福を祈ります

キリストの愛を込めて。。。


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