キリストの優しい風

~風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、
それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。
霊から生まれた者も皆そのとおりである(ヨハネ3:8)~

キリストの優しい風に吹かれ、自由に導かれ、癒やされ、変えられていく幸せをあなたと。。。





こんにちわ~にこきらきら

今回から数回に分けて、ルカ14章から、ぼくたちがイエス様の弟子となるにはどうすればいいのか、つまり「弟子道」について、一緒に学ぼうと思います。



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ルカ14:25~27

さて、大ぜいの群衆が、イエスといっしょに歩いていたが、イエスは彼らのほうに向いて言われた。

「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることができません。

自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。

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イエス様はこの時、ペレアからエルサレム、つまりベタニアに向かっています。その途上で群衆に「ご自身の弟子になるには」ということを語られました。



☆ミ☆彡☆ミ☆彡★✩*※*★☆☆ミ☆彡☆ミ☆彡

「さて、大ぜいの群衆が、イエスといっしょに歩いていたが、イエスは彼らのほうに向いて言われた。」(25)

この時、大ぜいの群衆がイエス様の後に着いて来ました。いわばイエス様のファンであり、イエス様こそ我がイスラエルを解放してくださる約束のお方だって信じて、従っていたんです。

その数、すごいでしょうね、だって、「大ぜいの群衆」ですからね。普通、数人に対して群衆とは言わないし、ここでは「大ぜいの」って、群衆だけでもすごい数だってわかるのに、そういう形容詞まで付けるんですからね。



でもね、イエス様のお気持ちは彼らとは違ったんです。そしてイエス様のファンがどんなに多くても、イエス様はお喜びにはならなかったし、決して彼らを信用していませんでした。

だって、彼らの心はお見通しですもん。

そこで、イエス様は、興味本位で、イエス様のおっかけをしていた群衆に、ほんとうに着いて来る、つまりイエス様の弟子となるにはどうすればよいのか、イエス様の弟子とはどういうことなのか、そうイエス様の弟子道について語られたんです。



☆ミ☆彡☆ミ☆彡★✩*※*★☆☆ミ☆彡☆ミ☆彡

わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、わたしの弟子になることができません。(26)

この箇所、難しいですよね。この箇所を実践しようとして苦しみ、つまづいた人もいます。

そしてこの箇所、思わず頑張りたくなる箇所だと思います。


しかも、お父さんやお母さん、自分の身内を憎めって。。。。 その上、自分のいのちまでも憎めって。。。

家族を愛する者はクリスチャンとして失格か。。。。 家族を大切にしちゃダメだって。。。。

って、この箇所を文字通りに読むとそうなりますよね。


こういう箇所をカルト教会は利用します。怖いですよね。。。 


でも、実際、どういう意味なんでしょう? 家族を憎まなきゃ駄目なんでしょうか?!



実はね、この箇所、当時の文化や旧約聖書の背景がわからないと、とんでもないことになっちゃうんです。

この26節、「愛する」っていうことばと「憎む」っていうことばがありますよね。

この二つの意味が誤解の原因なんです。


聖書で、この意味は私たちが捉える感情論とは別の意味を持っています。

このふたつの意味、こういう意味なんです。



  • 愛する⇒選ぶこと
  • 憎む⇒選ばないこと


ぼくたちが理解している意味とは全然違いますよね。

旧約聖書の例では、神様がエサウではなく、ヤコブを選んだことが上げられます。

ローマ9章の中で「わたしはヤコブを愛し、エサウを憎んだ」ってありますが、これ、神様がエサウを憎んだってどういう意味かわかりますか?

聖書的な「愛する」「憎む」がわかると、この意味すんなりわかりますよね。

そう、神様は決してエサウを憎んだのではありません。そうではなく、神様に従ったヤコブを選んだんです。

選びの問題です。


このように、イエス様は感情論で、「あの人を憎んでる~怒る怒る」的な意味で26節を言われたんじゃなくて、何を優先するかという意味で、「愛する」、「憎む」と言われたんです。

つまり、イエス様は優先順位のことを言われたんです。


家族は大切です。キリストの律法であっても、父、母を敬うよう命じています。

私たちはお父さんとお母さんを大切にし、敬わなければなりません。でもね、問題は両親や身内とイエス様、どっちが大事?っていうことなんです。

これが家族の方がイエス様より大事だっていうことになったら、それはキリストの弟子ではありません。


マタイ6章33節には「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」ってあります。

これは家族だけではないですね。イエス様以上に大事にしているもの、愛しているものがあるかどうか、自分の内側を点検する必要がありますね。


イエス様の弟子は、イエス様に従うことへの妨害が出て来たら、それを拒否します。

どんな大切なものであっても、イエス様よりも優先させません。

個人的な快適さよりも、イエス様の栄光が現れることを求めます。



ぼくらは二人の主人に仕えることは出来ないんです。

すべてのものは失せていきます。この大地だって信頼できません。

あの東北の大震災と津波で嫌というほど思い知らされましたよね。

どんなに地に足をつけても、海水が襲ってきたら、ひとたまりもありません。


この世に信頼できるものは何もないです。でも唯一、イエス様だけは違います。

イエス様は唯一信頼できるお方、裏切ることのないお方です。

そして、クリスチャンにとって、一番の幸せは、イエス様の栄光を現すことです。


今日、ごいっしょにキリストの弟子として歩みませんか?

イエス様を第一とする歩みです。

そしてイエス様はあなたをご自分の弟子となるよう、招いておられます。


でわでわ~ばいばいばいばい

こんにちわ~

今日は朝からムシムシしてて、空もどんより、こういう日はしんどいですね。

ということで(?)、カレー屋さんに行って来ました。

カレー屋さんなんですが、ほんとに最近出来て、お店の前を通る度にお客さんがけっこう入ってて、臭いが美味しそうで、今度行ってみよって思ってたんです。

そんなこんなで、今日のお昼、行って来ました。



お店に入ると、優しそうなインド人の人に案内され、流暢な日本語で説明を受けました。

注文したのは日替わりランチで、チキンとナスのカレーで、ご飯じゃなくてナンをお願いしました。

これがそうです。


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コクがあって、めっちゃ美味しかったです♪

辛さは辛口を頼んだんですが、それほど辛くなく、日本人の舌に合わせてるんでしょうね。

ナンもとっても美味しく、おかわりしてる人も何人もいました。


このお店、「カリーハウス」っていいます。

そのまんまじゃんって、思わずツッコミ入れたくなりますね(笑)


また行きたいし、夜、帰りが少し遅くなった時とかも、ここならいいかも♪



そんなこんななお昼でした♪


午後も主の御手の中、主に信頼し、導かれるままに。。。

主の御心だけがなりますように


でわでわ~

こんにちわ~

今日、二つ目のアップです。



前回、今年の前半の感謝について、分かち合いました。

で、この賛美を分かち合いたいなぁって急に思いました。


これ、「主に感謝せよ」っていうメシアニック賛美で、とっても好きな曲です。






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ホドゥ ラドナイ キー トヴ

キ レ オラム ハスド

キドゥ ラドナイ キー トヴ

キ レ オラム ハスド



ホドゥ ホドゥ ホドゥ ホドゥ ホドゥ ラドナイ キートヴ 

ホドゥ ホドゥ ホドゥ ホドゥ ホドゥ ラドナイ キートヴ 


主に感謝せよ

主はことに

いつくしみ 深くあり

恵みはとこしえに



感謝 感謝 感謝 感謝 感謝せよ 主に

感謝 感謝 感謝 感謝 感謝せよ 主に 

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この賛美、詩篇136篇1~2節からの賛美です。



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詩篇136:1~2

主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い

その恵みはとこしえまで。

神の神であられる方に感謝せよ。

その恵みはとこしえまで 

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いろんなことがあり、落ち込むこともあります。

はぁってため息ついちゃう時もあります。


でも、まさに「主に感謝せよ」ですよね。

この賛美、ひとり歌う中で、本当に恵まれるんです。

あぁ、主はぼくのすべてをご存知であられ、恵みはとこしえまでなんですよね。



明日も感謝で始まり、感謝で終わる一日となりますように。。。。

そして、今年の前半も感謝を味わい、賛美する歩みとなりますように。。。 


でわでわ~  

こんにちわ~

早いもので、7月、今年も半年過ぎちゃったですねぇ~~

なんかビックリっていうか、感覚的にはまだまだ2015年の前半みたいな。。。。そんな感覚です。

っていうか、9月の後半とか10月になって秋を感じるようになって、初めて今年も後半なんだなぁって感じるんです、毎年。。。。

だからね9月の頭に翌年の手帳とか売ってるのを見ると、えぇ、まだまだなのに~~って感じちゃうんです。 



そんなんだから、後半って実感もまだあんまりないんだけど、7月、2015年のターニングポイントということもあり、今年の前半のことを思いめぐらしました。


何よりも感謝なのは、体調が守られたこと。

今の病気、ネフローゼ症候群ですが、発病して1年半です。

1年半前、2013年の年末、クリスマスが終わったころ、体調がず~~っと悪く、食欲もなくて、それで内科の病院に行ったんです。

たしか27日くらいで、病院によってはもうお正月休みに入っちゃって、それでもなんとかやっていた病院で診察してもらったんです。

風邪だと思って。。。。


で、先生が診察してくださると、ぼくに「むくんでないですか?」って聞かれ、「むくんでないと思います」って答えると、「いや、むくんでるでしょ~、顔もだけど、ちょっと足見せてください」「はぃ」

すると足、むくんでました。


この病気、以前に患ったことあり、その再発だと認めたくないあまり、現実逃避してたんです。。。。


で、その場で尿検査と血液検査をしたところ、尿検査の結果はよくないとのこと、至急で検査に出すから、次の日にまた来てくださいって言われました。


で、その日は帰り、翌日の朝、病院から電話があったんです。至急、紹介状を渡すから、○○病院に行ってくださいって。



で、病院に行って診察してもらうと、「立派な(?)ネフローゼ症候群ですよ。命に関わるので、今日入院できますか?」

さすがに今日というのはきついし、何よりもお正月を病室でむかえるのは嫌だって思って、お正月明けまで執行猶予(笑)をもらったんです。


で、入院して、検査結果として、薬は効くけど、薬が減ると再発しやすいって言われました。

で、担当の患者さんでも、入退院を繰り返している人がいるそうですし、プレデニンっていうステロイド剤を多量に飲むこととなったんですが、このプレドニンが減って再発することを繰り返したら、今度はプレドニンから免疫抑制剤に変更しますって言われたんです。


そんなこんなで、入院中に現実を突きつけられ、はぁ、どうなるんだろう。。。って思ってたんですが、1年半、問題なく、ここまで来ました。


もちろん、まだ薬は服用しています、プレドニンという薬ですけどね。

でもこのプレドニンもだいぶ減って、今は一日3mg、だからムーンフェイスで顔が丸くなったのが、元の顔(笑)になりました。


ちなみにね、このネフローゼ症候群になると、ぐーーんと悪玉コレステロールの値が上がっちゃうんです。

で、病気が発病した年の夏、帯状疱疹にかかって、診察してもらったんですが、その時血液検査してもらったら、悪玉コレステロールの数値がものすごく高いって言われました。

だから、この時には発病してて、無理が効いたんで、乗り切っちゃってたんですね。


今はコレステロールの値、平均値よりも低いです。


そんなこんなで、今年の前半、体調が守られたこと、本当に感謝でした。




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それとなんですが、先月、6月の前半に、ハーベスト聖書塾の進学講座がすべて終了しました

神学コース、通信講座なんですが、DVDを見て、毎月レポートを提出するという形での学習でした。



約2年間、DVDを使って勉強してきたんですが、それが終わってホッとしています


このハーベスト聖書塾での学び、これは本当に大きかったし、ぼくの聖書理解に大きな大きな影響を与えられました。

何よりも、聖書のみことばが、たとえば創世記だとか福音書だとか黙示録など、それぞれ独立していて、いわば点で理解していたのが、線となり、創世記から黙示録に至るまで、神様は一貫したご計画をもっておられるんだっていうことがわかりました。


この学びの中心は「ディスペンセーション」という神学体型なんですが、これはものすごくよく、今、自分が聖書の中で書かれた、神様のご計画の中のどの時代にいるのかということがわかりました。

このディスペンセーション、また今度、きちんと分かち合いますが、これ、いわば時代区分です。

この学びをすると、その時代、時代に神様が介入され、神様の愛がどれだけ深いのかがわかります。



そのハーベスト聖書塾、無事、すべてのレポートが終了したんです。

とは言うものの、まだ修了証書はもらっていません。。。。くれるのかなぁ。。。。



でも、この学びを終えられたこと、これはひとつの大きな区切りです。

そして、せっかく学んだこと、これを分かち合いたい、学んだ内容をお教えしたいと思っています。



このブログを開設しようと思ったのも、それがあったからなんですけどね。




そんなこんなな2015年の前半でした


後半、これから年末に向けて、神様はどのようなご計画をお持ちなんでしょうね。

すべては主の御手の中、主に信頼し、主にお委ねし、今与えられていることを、よき管理者として管理し、前進していきたいで


一歩一歩ね



今週もあと1日、主よ、今週も守り、導いてくださり、感謝します



でわでわ~


こんにちは~

今日はぼくがどのような経緯でクリスチャンになったのかを書きますね



ぼくが初めてイエス様と出会ったのは、小学校5年生の夏でした。

今もそうなんですが、毎年夏になると地元の海岸で花火大会が行われていました。

今はもう無理なんですが、当時、まだビルやマンションも建っていなかったので、家から花火が見えました。

なのでわざわざ海岸まで行かなかったんですが、その年、本当に不思議ですが、海岸まで花火を見に行ったんです。



で、海岸の入り口に着くと、入り口の付近で何かを配っている数人の人がいたんです。

ぼくは何だろ~って思いながら、入り口でその人たちから配っていたものをもらいました。

それは十数ページの小さな小冊子で、「イエス・キリスト」というタイトルでした。

花火が始まるまで、まだまだ時間があったので、浜辺にあった木材に座り、それを読んだんです。




それは本当に衝撃的でした。

それまでキリスト教のキの字も知りませんでした。

興味も関心もありませんでした。

だから余計だったのかもしれませんね。。。



薄暗くなってきた浜辺で読みながら、どんどんとその文章に引き寄せられました。

本当にビックリしました。

イエス様っていうお方は何て凄いんだろう!!!

目の見えない人を見えるようにされ、歩けない人を歩けるようにされ、死んだ人を生き返らせた!
 

しかも十字架にまでかかられて!!!!

よ~~~し、オレ、クリスチャンになるぞ~~~!!!!

その時、本気でそう思ったんです。




そして数週間後、近くの教会に行くようになりました。

でもその当時、教会学校に対して誤解があり、教会学校は幼稚園児が行くところだと思っていました。

自分はもう小5、だから教会学校は関係ないと思い、何度か大人の方に誘われましたが断り、大人の方々が集う通常の礼拝に出席していました。



でも、今振り返ると面白いというかなんというか、よく「神様、仏様、御仏様~」ってありますよね。

ぼくは思ったんです、どうしてそこにイエス様はおられないんだろうってね。

だからお祈りする時、「神様、仏様、御仏様、イエス様~」ってお祈りしていました。

もちろん、今はそんな祈り絶対にしませんけどね




そんなこんなでしたが、半年、一年と経つと、段々と教会から足が遠のいていきました。

そして中学に入ると、もう全く教会に行かなくなったんです。


中学に入ると環境も変わり、自分がわからなくなってしまいました。

いじめにも遭いました。。。

そしてついにクラッシュし、不登校をするようになったのです。




本当に空しかったです。

たばこを吸いました、お酒も飲みました。

でも全く満たされません。




中3になると学校には行くようになりました。

でも、心そこにあらずでした。

空しくて、いつも教室の外を見て、外の自由の世界にあこがれていました。

全てが空しかったです。





さて、中3の冬の頃のことです。

ぼくにとって人生を変える大事件が起こりました。

その日は確か日曜日でした。

普段ならお昼頃に起きるのですが、その日は不思議と朝早く目覚めてしまいました。

で、何の気なしにテレビを付けたんです。

もちろんバラエティー番組が見たくて、何か面白い番組ないかなぁ~~ってね。




で、番組を幾つか変えたら、何とキリスト教の番組がやっていたんです。

これも不思議なんですが、その時、番組を変える手が止まり、懐かしいなぁ~って思いながら、その番組を見入っていたんです。

その番組は海外の公開番組で、ショーアップされた番組でした。




で、その番組の中で盛んに言っていたのは、「あなたは愛されています」

賛美があり、その賛美のテーマも「あなたは愛されています」です。

CMもあり、それも「あなたは愛されています」

通常のキリスト教の集会と同じで、賛美が献げられ、そしてメッセージに入りました。




テレビ牧師の方が出て来て、そしてメッセージをされました。

そのテーマもやっぱり「あなたは愛されています」でした。
 


メッセージの中で、「あなたは愛されています。あなたのためにイエス様は十字架にかかられたのです」というようなことを話されていました。




ぼくね、その時はっきりと、明確にわかったんです。

ぼくの内には罪があるってね。

だって、不登校もしたし、お酒やたばこの吸ったし、親を悲しませたし。。。

逃れられないことです。




ぼくは罪人だって深く受けとめました。

そして同時にイエス様の十字架と復活もはっきりわかったんです。

やっぱりあの小学校5年生の夏の時の下地があったんでしょうね。

主はそうやってぼくをずっと愛され、捕らえられていたんですね




ぼくのためにイエス様が十字架にかかられ、3日目に甦られ、天におられるとはっきりと信じ受け入れました。
 

イエス様を信じ、クリスチャンになりたいって真剣に思いました。


メッセージを聴きながら、ポローっと涙が流れてきました。



番組も終盤になり、メッセージの最後で、「もし今イエス様を信じたいと思われた方は手を上げてください。テレビの前のあなたもです」って言われました。

ぼくは涙を流しながら、はーいって手を上げたんです。




そしてテレビ牧師の方が言われました、私の後について一緒にお祈りしてくださいって。

ぼくは「イエス様」って言われたら、その後で「イエス様」ってテレビの前で声に出してお祈りしました。




番組が終わったとき、あぁ、救われたんだって思いました。

ぼくはイエス様に愛されている、ぼくのために十字架にかかれたイエス様、って心から思いました。

そして本当に変わったんです。




当時日曜日はお昼まで寝ていたんですが、翌週からは前日の土曜日は夜の8時には寝て、朝5時前には起きてそわそわしていました。

テレビガイドを買って、キリスト教の番組をチェックして、全てのキリスト教番組を見ていました。

かつて好きだったものが嫌いになりました。

逆に嫌いだったものが好きになりました。


今も全くそれは変わりません。

イエス様を信じてクリスチャンになってから、一度もぐらついたり疑ったことはありません。




イエス様はぼくの宝であり、ぼくのすべてのすべてです

ただただ主に感謝です


ハレルヤ、主よ 感謝します


はじめまして、こんにちは~

みのんです


これからブログをスタートします



クリスチャンですので、聖書のこととか、クリスチャンとして思ってることとか、いろんなことを自由にゆる~く書いていければなぁ~って思ってます。

できれば毎日更新してきたいけど、実際はマイペースで主に導かれるままに書いていく予定です



それとぼくなんですが、神奈川県の湘南に住んでいます

海や山など、自然が大好きです。

後、美味しいものを食べたり、それと温泉も大好きです。

あっ、それとなかなか行けないんだけど、旅行も好きです。



このブログを通していろんな人と出会い、主にある交流の場となれればなぁ~って思ってます

そんなこんなですが、これからどうぞよろしくお願いします




また、少しずつ書いていきますね


とりあえず、この辺で~


じゃぁ、また~~~





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